1507年ソルアスの月13日
約束の日時にスロール王国の門を出発した。空は晴れ渡り柔らかな風が吹いていた。この旅が何事も起きず無事終わること示するようないい天気の朝だった。
3日後、サーペントリバー岸辺の街バニス到着した。出港は明日の早朝とのことだったので私たち3人は笑うカメ亭という名の宿を取とった。
食事が終わるとガールプ殿は明日に備えて部屋に戻ったが、私とティントはそのまま話し込んでいた。すると、派手に着飾ったドワーフがやってきて、私たちの事をあれこれ質問してきた。そのドワーフはガールプ殿の知り合いと言っていたが、どうにもこうにも胡散臭い感じがしたが正直に答えると
「明日また来ますよ。」
と言って去って行った。後で聞いた話だがわざわざ部屋に戻っていたガールプの部屋まで確認に行ったらしい。
次の日の朝、宿の前でカルマリチュアルを行っていると朝靄の中から昨日来たドワーフが現れた。忘れようのない派手な格好は昨日とまったく同じだっが、唯一違う点は腰にレイピアを下げていた。
「わざわざ挨拶に来るとは律儀な方ですね。」
と言う私に
「敗北を酒のせいにされてはかないませんのでね。」
とドワーフは答えた。
一瞬の間を置いて、お互いに愚弄を投げかける。なかなかの手練れらしく魔力を伴った言葉が私の心をかき乱した。私が平静さを取り戻す前にケリを着けようと一気呵成にドワーフは攻め立ててきた。平静さを欠いた状態ではまともに戦える訳もなく、防戦一方となって激しい攻撃をしのいでいると、その音を聞きつけティントとガールプ殿がやって来て戦闘に加わった。
それに気がそれたわけではないが、攻撃を喰らいふらつき倒れそうになったが何とか踏みとどまった。それと同時に愚弄の効果も切れ反撃に移ろうとしたその時、一陣の風をまとって一人のドワーフが私の目の前に滑り込んできて
「双方剣を引け!!」
とその男は大きな声で言った。突然のことに私の動きは止まってしまった。
「いらぬ仲裁も入った事だしこの場は去らせてもらいましょう。」
その隙をついてドワーフのソードマスターはそう言うと来た時同様朝霧の中に消えていった。彼の姿が見えなくなった時、町が目を覚ます汽笛が鳴り響いた。
予定外の訪問者もあったが、無事依頼主の船に時間通りに着くと、驚くことにさっき仲裁に入ったドワーフの武人もそこにいた。
彼はグロアルと名乗った。そして、もう一人ウォルシュという名のツゥスラングの武人を紹介された、彼はこの船の専属の護衛らしい。依頼主から簡単に船の構造の説明を受け私はは与えられた船室に引き上げた。ガールプ殿が救命ボートのことなどをいろいろ聞いていたのが印象に残ったが、俺が守のだからそんなものは必要ないとその時は思っていた。
出港してから4日目、今まで静かだった川面がうって変わって荒々しくなった。船は激しく揺られ、立っているのが辛いくらいだった。激しくゆれる船体をさらに激しい揺れと轟音が襲い、それと同時に見張りからの敵襲を告げる声が聞こえた。立て続けに襲う衝撃の中、甲板まで出てみるとそこは火の海で、必死に消火にあたっている船員の声がかすかに聞こえた。河族かずいぶん派手にやってくれたもんだ。と思っていると河族がロープを使って船に飛び乗ってきた。奴らのつけている衣装を見て誰かが言った。
「デス教徒だ・・・」
その言葉でこの激しすぎる攻撃の理由が納得いった。奴らは奪うつもりはなく、最初から皆殺しにするつもりだったのだ。船尾の方から大きな爆発音がし、脱出を促す船員の声が聞こえてきたが、私は迷うことなく甲板に駆け寄りデスの狂信者に斬りかかった。他の名付け手が逃げるための時間を少しでも稼ごうと思ったのだが、一人を切り倒し次の相手と対峙した時視界が暗転した。目を覚まし辺りを見渡すと見たこともない木々が茂ったジャングルだった。
聞いたこともない鳥たちがけたたましく鳴き、木々の奥を大型の獣が横切るのが見えた。激しく荒れ狂っていたサーペントリバーもここでは大人しく別の顔を見せていた。脱出用のボートには私、ティント、ガールプ殿の3人しか乗っていなかった。いつまでもここでじっとしている訳にはいかないが、どこに向かって進めばいいのか途方に暮れていると河の対岸に何人かの人影が見えた。人影を発見して喜び近づこうとする二人を私は諫めた。私の目には彼らが生きている名づけ手には見えなかった。ある男の頭は半分欠けているし、ある男は致命傷を負っているに関わらず歩いていた。彼らはカダバーマンだ。
ホラーに犯された不幸な名付け手を開放してはやりたかったが、ボートマンから受けた傷が十分癒えてなかったので仕方なくあきらめた。ただ、カダバーマンの向かっていく方角には興味があったので彼らの後を着いていくことにした。もしかしたら彼らが向かう先に人里があるかもしれないと思ったからだ。奴らが人里に近づくのならいつでも戦える用に気を張りながら奴らの後を追いかけると暫くして不思議なことに気がついた。奴らは河を越えることが出来ないようだった。河に入ろうとすると苦痛に顔を歪めもとの場所に戻っていった。彼らの後を追いかけていると踏み固められた道にでた。踏み固められた道を進んでいくと開けた場所にでた。草が引き抜かれた跡や人の物と思われる足跡が見て取れた。暫くそこで待っていると頭に籠を乗せた女性が近づいてきた。
「済みません、ここはどこでしょうが?」
と穏やかに訪ねたつもりだったが、その女性は化け物でも見たように引きつった悲鳴を上げ、来た道を駆け戻っていった。仕方がないので彼女の来た道をたどって行くと、その先に手に武器を持った数人の男と群衆が待ちかまえていた。その男達は聞いたこともない言葉で話しかけてきた。その言葉はヒューマン語らしく、ティントが通訳してくれた。その男達は私達が何者だか尋ねたらしい。
私達は旅のアデプトで、あなた達に危害を加える気はない。と伝えてもらうと男達のなかで村長らしい男が私達にそれを示すように言った。私達はそれぞれの方法でアデプトであること、ホラーに汚染されてないことを示した。その行為が終わった頃村人の中から大声上がった。
「お前達は英雄か!!それならこの村を蜘蛛の呪縛から開放してくれ!!!」
声の聞こえた方向に目を向けると、一人の男が村人達に取り押さえられ暴行を受けていた。
「娘を取られて何が守り神か!!!」
暴行を受けながらもその男は言い続けた。長老らしき男が手に持っていた杖で激しく男を殴りつけようやく静かになった男はそのまま奥へと引きずられていった。その騒ぎが収まると長老らしき男は言った。
「お前達をアデプトと認めよう武器を捨てろ、それが村に入れてやる条件だ。」
この私に武器を捨てろとはずいぶんな言い分だが、あの男の言葉が気になったのでその要求を受け入れ、村に入ることにした。村に入り連れて行かれたのはどう見ても使われなくなった倉庫のような建物だった。女性もいるのにこの扱いはないんじゃないか?と抗議の声を上げたが村人は無言で私たちをその倉庫に押し込んだ。この扱いにはいたく憤慨したが、とりあえず受け入れることにした。
しめった藁に腰を下ろし休息をとっていると、外が騒がしくなった。建物の前にいた門番と女性が口論している様だった。すると門番を押しのけその女性が入ってきた。
そして、その女性は流暢なドワーフ語で
「このような所にお連れししまって申し訳ありません。すぐに変わりの場所を用意しますので。」
と言った。
彼女はほかの村人とは違い、身につけいるもの、立ち振る舞いなどさっきまでスロール王国にいましたよ。と言われれば疑いもせずに信用してしましそうになるくらい洗練されていた。容姿も美しいが、知性的な瞳が印象的な女性だった。
そして、連れて行かれたのはうち捨てられたような廃屋の集まりの中の一つだった。このようなところしか準備出来なくて申し訳ありません。とその女性は申し訳なさそうに言った。
「確かに使われなくなって長そうだが、いったい何があったのです。」
と言う私の問いに
「私たちは不幸の在った建物を再び使うことはないので・・・。」
とだけ彼女は答えた。
ここでグロアルとウォルシュとも再開する事ができた。ウォルシュ達は重傷を負ったツゥスラングの船員を連れていて、彼女の好意で手当の為この村に来たらしい。彼女は手際良くその船員を手当し、彼が落ち着いたら私とウォルシュの手当もしてくれた。
手当を終えた彼女が去り、これからどうするか考えていると村の中心から大きな声が聞こえてきた。
「村の者に問いたい!」
村の中心の広場でグロアルが叫んでいた。その呼びかけに答え出てくる村長とその村長を不安げな表情で見つめる村人達の輪の中で
「今の、この村の状態をなんとも思わないのか!?このままでいいと思っているのか?」
と問いかけた。
「おまえ達はこの村にきて何を望んだ?休息だろう。この村に来た英雄はこの村をホラーの手から
守り、生け贄を望んだ。それに従って何が悪いのだ。」
と答える村長に
「あんな者は英雄ではない。おまえ達は小さな脅威から身を守るために、より大きな恐怖の支配を
受け入れたのだ。我々の祖先は、自らの力でケアーを作りホラーの来襲からその身を守った!しかし、今の君達はどうだ。ホラーを恐れ、生け贄を差し出すことによって生きている。いや、行かされているに過ぎない。」
と言ったグロアルの言葉に村長の顔が少し歪んだ。
「我々も昔支配から逃れようと戦った。しかし、その結果は飢饉と目を覆うがばかりのひどい虐殺だった。それを収めたのが巫女の存在だ!どうしてもう一度同じことが出来ようか。村人の命を危険にさらして挑むことができようか・・・。」
と絞り出す様な声で言った。
「ならば、私たちが道を開こう!光ある未来へ続く道を」
良く通る声で高らかに宣言した。その堂々とした姿がついに村長の心を動かした。
「判った・・・。30年前我々は一度八足の者に挑んだ。しかし・・・。今一度あなた達にかけてみよう。」
そして私たちは、夜明けとともに生け贄の洞窟に旅立った、巫女の彼女を連れて。洞窟の暗がりに身を潜めジェフスラーがやってくるのを待っていると、
「・・・。また、邪魔物がいるようですね。二度目はないといったはずですよ。」
と暗闇の中から声が響いた。その声を合図にウォーリアの二人が飛び出し切り付けた。しかし、手応えがあったようには見えない。不思議な方向からの攻撃にウォルシュが吹っ飛ばされる。不信に思いながらも近づいて行くと敵の本体は頭の上にあった。奴は洞窟の幅ほど足を開いて体を持ち上げていた。私達は奴の体の下で翻弄されていたわけだ。それに気がついた時、奴の腹から白い糸が吹き出し放射状に伸びたトンネルの一つ一つに私達は閉じ込められた。奴のいた所に駆け寄ると。ティントの悲鳴が聞こえた。悲鳴の聞こえたトンネルに飛び込むと、そこには今までの巫女として捧げられた女性の顔を腹に飾り付けた醜い蜘蛛の姿があった。壁ぎわに追いつめたティントをその牙にかけようとしている化け物に
「なかなか姿を現わさないと思ったらお前の実態はそんなに醜いのか。どんなに女性の顔を飾ろうともお前の醜さを覆い隠すことなどできはしないよ!」
と愚弄を投げかた。私の言葉にかき乱され、動きの鈍くなった奴に二人の武人が切りかかる。切り付けられる度に腹に浮かんだ女性たちが苦悶の表情を浮かべていた。ホラーに作られてた生き物だけに悪趣味なことこの上ないが、それによって私たちの剣が鈍ることはなかった。そして、とどめの一撃が奴の体に深々と突き刺さった時、彼女達は安堵の表情を浮かべて消えていった。死してなお、奴の慰み者になっていた彼女たちに安息をもたらせてやれた、今まで村を守ってきた彼女達を救うことができたのは大きな喜びだった。
村に帰る途中で私とウォルシュはみんなと離れて河に向かった。先日見たカダバーマンのことが気になったからだ。河に到着すると、あの時は見えなかったが、クモの糸の様なものが、日の光にキラキラ輝きながら消えていくのが見えた。カダバーマンの姿は見えなかったが、あの村はこれから自分たちの力で困難に立ち向かっていかなければならないという事実が私の気を重くした。今回は私達がいたが、これから先ずっとこの村に止まることは出来ない。導く者なしで彼らがこれから先やっていけるのだろうかと。
ところが、村に戻ってみるとその思いは無用だったことが分かった。今までの村長は引退し、巫女であった彼女と新しい村長がこの村を導いていくことになっていた。そして、グロアルがアドバイザーとして村に残ると申し出ていたのだ。新しい村長のもと、村は活気を取り戻していた。辺境の小さな村にようやく夜明けがやってきた。そんなことを考えながら喜んでいる村人達を眺めていた。
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